季節の和菓子 「葛切り (くずきり)」

8月も最後の暦となりました。
日中の日差しはまだまだ暑いものの、吹く風にはさわやかな秋の気配が感じられます。
この季節にぴったりの和菓子に葛切りがあります。

葛切りは、葛粉を水で溶かして加熱し、薄く流し固めたものを細長く切った和菓子です。

葛粉を作るのには非常に手間ひまがかかり、そのうえ供給量が少なく高価なため、
近年では、葛ではなくジャガイモ澱粉などを原料にして作られることが多いそうです。

手前:宝達葛くずきりプレミアム, 奥:青梅のピューレの葛切り(金沢 老舗和菓子屋・森八)

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七十二候 ・ 第四十一候 「 天地始粛 ( てんちはじめてさむし ) 」

処暑も次候へと変わり、ようやく暑さがおさまり始める頃となりました。

「粛」は縮む、しずまる、弱まるという意味で、

夏の気が落ち着き、万物が改まる時期とされています。

 

天気図には秋雨前線が登場し、北の方から冷たい空気を運んできます。

北国や山などでは急速に季節が動き始め、平地でも少しずつ秋へ向かう気配が感じられます。

涼風が心地よく大地に吹き渡ると、実りの時はもう目前です。

 

もうじき葉月から長月に変わりますね。

標高の高い長野県では、この時期涼しいを通りこし、寒いくらいです。

深まる秋に向けて、いそいそと秋支度を始めました。

半年ぶりに引っぱり出したお気に入りのブランケットやカーディガン。

そろそろリネンの寝具ともしばしのお別れ。

それにしてもまだ夏休みなのに寒いなんて変な感じです。

七十二候 ・ 第四十候 「 綿柎開 ( わたのはなしべひらく ) 」

柎(はなしべ)とは、花の萼(がく)のことで、綿の実を包む萼が開き始める頃をいいます。

 

7月から9月にかけ、綿には黄色の花が咲き、実がつきますが、

その実はやがてはじけ、ふわふわとした白い「綿毛」が顔をのぞかせます。

この綿毛を集めて紡ぐことで木綿や糸が作られ、繊維を採取した後の種子からは、

「 綿実油 ( めんじつゆ ) 」が採られ、食用油として利用されます。

ちなみに綿は、植物としての呼び名は「わた」、製品になると「めん」と呼ばれます。

 

綿は身近な素材ですが、なんと統計上の国内自給率は0%。

江戸時代から明治時代の中頃まで、綿は米と並ぶ日本の重要な農作物でしたが、

徐々に海外から安価なわたや綿布の輸入が拡大し、それに伴い、

国内の綿畑も少なくなっていきました。

当時の日本には、白い綿花が揺れる綿畑の風景が広がっていたのでしょうか。

 

気付けばもう8月末です。

今年は夏が駆け足で過ぎていったような気がします。

2か月前に植えた小豆もたくさんサヤがつき、だいぶ大きくなりました。

小豆

小豆の花は小さな黄色の豆の形。

ところで、野菜の花はなぜだか黄色が多い気がします。

ピーマンは白ですが、トマトもキュウリもオクラの花も黄色、不思議です。

二十四節気 「 処暑 ( しょしょ ) 」

明日から二十四節気が処暑へと変わります。

厳しい残暑もいよいよ落ち着き、朝夕は涼風が吹き、涼しさも感じらる頃となりました。

心地よい虫の声にも秋の気配が漂います。

 

とは言っても、「秋暑」といって暑さがぶり返し、夏の疲れが出やすくなるのもこの時期。

夏を惜しみながらも、秋への準備を始める目安の候です。

また、穀物が実り始め、収穫までもう一息というところですが、

処暑の頃は台風が多く、農家では注意が必要な時期でもあります。

 

百日紅

さわやかな青空に映えるピンク色。

こんなところにこんな花あったかな、と近づくと、

猿も滑りそうなつるつる樹木のサルスベリ。

漢字で書くと「百日紅」。なぁるほど。

朝開き、夕方には花を落とす一日花ですが、次から次へとつぼみをつけて、

夏から秋のはじめまで、百日も咲き続けることに由来しているそうです。

七十二候 ・ 第三十九候 「 蒙霧升降 ( ふかききりまとう ) 」

立秋も末候に変わり、深い霧が立ち込める頃となりました。

「蒙霧」とは、もうもうと立ちこめる濃い霧をいいます。

この時期の早朝、特に前日の夜や朝方に雨が降り、空気が湿り気を含んでいるときには、

森や水辺に白く深い霧が立ち込め、幻想的な風景が見られることがあります。

 

霧は、地面に近い空気が冷やされ、水蒸気が凝結(気体が液体に変化すること)することで、

非常にこまかな水滴になって空気中に浮かんでいる状態をいいます。

また、霧は発生する場所によって、盆地霧、都市霧、海霧、山霧、谷霧、川霧といろいろあり、

そのでき方によっても放射霧、移流霧、蒸気霧、前線霧、上昇霧などに分けられます。

 

ところで霧と靄(もや)の違いをご存知でしょうか?

曖昧なようですが、実は気象観測では、この2つをはっきり区別しており、

霧と靄の違いは「視程」、いわゆる見通しです。

見渡せる距離が1キロメートル未満だと「霧」、

1キロメートル以上10キロメートル未満だと「靄」となります。

靄の中は、霧のような冷たさや湿っぽさはありません。

 

先週、立山に行ってきました。

称名滝近くにある登山口から、大日岳を目指し、その日は久しぶりの山小屋泊。

翌日は奥大日岳に迎い、その後テントで1泊。

3日目はもうクタクタで、バスで早々と帰宅しました。

毎度山登りは疲れますが、素敵な景色が見られてよかったです。

雲の世界0

雲の世界。立派な雲の上にさらに雲が広がっています。

夕焼け山

大日岳からの夕日。

青い山

早朝の青い山々。

ミクリガ池

白い雲がかかった早朝のミクリガ池。

霧と雲は現象としては同じですが、大気中に浮かんでいるものが雲、

地面に接しているものを霧とよぶそうです。

麓から眺める山にかかった雲も実際に雲がかかっている部分にいる登山者にとっては山霧です。

七十二候 ・ 第三十八候 「 寒蝉鳴 ( ひぐらしなく ) 」

明日から暦は立秋の次候へと変わります。

ヒグラシが「カナカナカナ」と甲高く鳴く頃を表した候ですが、実際にはもう少し早く鳴き始めます。

よく鳴くのは日の出前や日没後の薄暗い時間帯ですが、

気温が下がると日中でも鳴くようになるそうです。

どこか懐かしく涼しげなヒグラシの鳴き声は、ゆく夏を惜しんでいるかのようです。

 

セミは種類によって鳴く時期や時間、声が異なることから、

その声で季節の移り変わりを知ることができるとされています。

4月下旬頃「ゲーキョゲーキョ」と合唱しているのはハルゼミ。

6月頃から鳴くのはニイニイゼミ。「チィー」という声で1日中鳴いています。

そして、7月頃から盛んに聞こえるのはヒグラシの声。

7月中旬の盛夏から「ミーンミーン」と鳴くのは、ミンミンゼミ。

同じ頃、「ジリジリ」と油で揚げているような声で鳴くのはアブラゼミ。

7月下旬から8月上旬にはクマゼミの鳴き声も聞こえてきます。

多くのセミたちが一斉に鳴きたてる声を、時雨の降る音に見立てて「 蝉時雨 ( せみしぐれ ) 」

といいますが、これだけあるセミの声、聞き分けられたら楽しいはずです。

 

先日庭の水まきをしていたら、山野草を活けた瓦の下に、セミが休んでいました。

セミ

そして、すぐ下にはセミの抜け殻が。ここから出てきた生まれたてのセミかもしれません。

セミの抜け殻

7月末には一つだけだったのですが、その上にもうひとつ。

どうやらセミの人気スポットのようです。

 

七十二候 ・ 第三十七候 「 涼風至 ( すずかぜいたる ) 」

今日から立秋の初候に変わり、涼しい風が吹き始める頃になりました。

まだ残暑は厳しいものの、雲の色や形にも、さわやかな秋のにおいが感じられるようになり、

日が落ちると草むらから虫たちの涼しげな音色が聞こえてきます。

 

今日は久しぶりに朝から穏やかな雨が降り、暦どおりの涼しい1日となりました。

いつもは暑くてやる気にならなかった庭の手入れをと思い立ち、

小雨の中、いそいそと紫蘇を収穫しました。

さっそく水洗いして、紫蘇の塩漬け作り。

キッチンが、紫蘇のさわやかな青いにおいでいっぱいです。

紫蘇

去年、庭で紫蘇を育てていましたが、料理のバリエーションが少なく、

今年は代わりに同じ場所でトマトを育てていました。

それが、先週草むしりをしてみると、雑草に紛れてトマトの後ろに紫蘇が大量発生。

こぼれ種がうまく育ってくれたみたいです。

 

そしてなぜか、赤紫蘇も自生しています。

赤紫蘇を見ると、どうしても思い出すのがジブリ映画の『借り暮らしのアリエッティ』。

冒頭のシーンで、アリエッティが赤紫蘇の茎をつたって流れるように降りてくるのが印象的です。

それとホミリーの「お砂糖があったらおいしいシソジュースができるんだけど・・」というセリフ。

シソジュースってなんだろうと思っていましたが、6月末に行った京都大原は赤紫蘇の一大産地。

そこで、シソジュースを飲むことができました。

さわやかで甘酸っぱく、小梅ちゃんを思い出すようなどこか懐かしい味でした。

 

 

ペルセウス座流星群

今日から立秋ですね。

日中はまだまだ暑いですが、朝夕が涼しくなるこの頃、

夜空を見上げると、美しい流れ星が見られることがあります。

 

流れ星は、初秋の季語です。

立秋の頃から1週間ばかり、夏の夜空に見える「ペルセウス座流星群」は、

たくさんの流れ星を観察できることで知られています。

また、8月は流星群に属していない流れ星=「散在流星(さんざいりゅうせい)」

もよく見られるそうです。

 

ところで流れ星ってなんでしょう?

その正体は、地球のまわりにある宇宙の小さなちりです。

これらが、引力に引っ張られてすごい速さで地球の大気圏に飛び込んできたとき、

大気との摩擦熱で燃えるときの光が、地上からは流れ星として見えるというわけです。

その中でも特にサイズが大きく、大気圏内で燃え尽きずに地表まで落下したものが「隕石」です。

日本で確認された最大の隕石は、明治18年に滋賀県田上山で発見された「田上隕石」で、

その重量は約174キロですが、アフリカのホバ隕石はなんと66トンもあったそうです。

 

去年の今頃、ペルセウス座流星群を見に行きました。

見ごろのピークとされた深夜の1時から2時の間に観測していましたが、

その1時間に見られた流れ星の数は20個以上、ほんとにすばらしい光景でした。

また、流星群の特に著しいものを「流星雨(りゅうせいう)」というそうですが、

いつかぜひ、大流星雨が見れたらいいなと思います。

 

二十四節気 「 立秋 ( りっしゅう ) 」

明日から二十四節気が立秋へと変わります。

暦の上では早くも秋になりますが、日中はまだ残暑が厳しく、1年で最も気温が高くなる時期です。

まだまだ暑い盛りですが、立秋の日が暑さの頂点とされ、

これからは少しずつ涼しくなり、秋の気配が感じられます。

 

日が暮れるのも早まり、影も長く伸び始めます。

夏から秋へ変わるこの時期、暑さと涼しさが混在する空のことを「行き合いの空」といいますが、

秋の雲も見られるようになり、空にも小さな秋の兆しが感じられるようになってきます。

 

またこの日以降の暑さは残暑といい、季節のあいさつも

「暑中見舞い」から「残暑見舞い」に変わります。

 

ようやく秋がやってきますね。

清少納言が枕草子の中で、

「冬はいみじう寒き、夏は世に知らず暑さ」(冬はとても寒く、夏はとてつもなく暑いのがよい)

と綴っていますが、暑さが苦手な私は、初夏から秋が待ち遠しいです。

七十二候 ・ 第三十六候 「 大雨時行 ( たいうときどきふる ) 」

大暑の末候は「大雨時行」。

夏の最後の候で、ときどき夕立や集中豪雨などの激しい雨が降るころです。

激しく降る雨を「バケツをひっくり返したような雨」と表現することがありますが、他にも

「鉄砲雨」や「滝落とし」、束ねた竹が突き下ろされたような降り方は「篠(しの)突く雨」など、

さまざまな雨の名前があります。

 

この時季多い夕立は、低気圧などによる長く広く降る雨ではなく、

その場その時限りの局地的な雨です。

「夕立は馬の背を分ける」ということわざは、馬の背の半分は雨が降っているのに、

もう半分は濡れてもいないという意味を表し、夏の夕立が局地的であることの例えです。

また、夏に虹が多く見られるのは、夕立ちのように限られた地域で雨が降り、

雲の切れ間から太陽の光が当たっているためだそうです。

 

「雲の峰」

これは夏の季語で、山の峰のように高くそびえ立つ、入道雲のことです。

入道雲には、土地や川の名を冠した愛称が数多く残っています。

坂東太郎や豊後太郎、筑紫二郎に丹波太郎。奈良次郎に和泉小次郎、

信濃太郎、四国三郎と、ほんとに様々、面白いですね。

 

夏の夕暮れ、むくむくと湧き上がる入道雲が突然の雷鳴とともに激しい夕立に変わり、

乾いた大地を潤します。

まるで水撒きが終わったのを見計らったかのように大粒の雨が降り出すこともありますが、

この夕立のおかげで涼しい夜が過ごせます。